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横断歩道の白と黒の間

セクシュアルマイノリティの人が書くブログ

心と体の性が違うのは不幸なのか。

LGBTのこと

こんにちは。

 

陽です。

 

アクセス解析を見てたら

 

yahoo!からのアクセスが増えていて

 

その中に「性自認 揺れる」という検索キーワード。

 

おかげさまで1ページ目にこのブログが表示されるようで

 

少なくない人がそのワードでこのブログを

 

見てくださっているようです。

 

その中で、トップにでる某知恵袋に

 

一言物申したいので

 

このエントリーを書きます。

 

 

性自認 揺れる」で訪問してくださった方

 

ありがとうございます。

 

(そうじゃない方もありがとうございます)

 

先に結論を申し上げれば

 

性自認、揺れても問題ありません。

 

問題ない、というより、それも一つの性です。

 

男か女か、○んこかまん○か、

 

やるかやられるか?

 

地球上の人口は72億人、日本人だけでも1億2千万人います。

 

血液型ですら4つもあるのに

 

2種類にはっきりと分別できると思いますか?

 

性はグラデーションと呼ばれるように

 

私は、性の境界線は

 

ミクロ単位にしかないと考えてます。

 

そのグラデーションの境界は

 

人と人の間にあるのではないか、と考えています。

 

ですから、もしかしたら、同じところもあるかもしれないけれど

 

私とあなたの性が違う部分があるのは事は当然ことで、

 

性自認が揺れたところで、なんら問題はないのです。

 

さて。

 

問題の知恵袋ですが。

 


性自認が男でも女でもないというのはおかしいのでしょうか?15歳の女子... - Yahoo!知恵袋

 

知恵袋はこの手に質問に対して

 

親の仇のようにボロクソ言う人がいるので

 

心の安定のためにあまり見ない方がいいと思うのですがw

 

その中でもまぁ、ましな方ですねw

 

ただ、気になるのは

 

「思春期だから」

 

「体と心の性別が違うのは不幸」

 

「正常じゃない」

 

という言葉。

 

間違っても「思春期」の少年少女に投げかける言葉じゃない。

 

性がはっきりしないということ、

 

もしくは、体と心の性が一致しないこと

 

これは、確かに精神的に不安定になる要素を

 

ふんだんに含んでいます。

 

特に思春期というのは、

 

肉体的に言えば

 

男女の身体的性差が如実に現れてきます。

 

そうなると、今までの自分の体との変化が出てくるわけですから

 

それに対し、嫌悪や違和感を抱くのはごく自然なことです。

 

仮に抱かなくても、それはそれで何ら問題ではありません。

 

また、精神的な面においては

 

アイデンティティの確立の時期であり

 

自分とは何者であるか、という自問自答の中で

 

自分の性別がはっきりしない、

 

自分が何者なのかわからない、

 

自分は他の人と違う、異常なんだ

 

そう思うのは、自然なことです。

 

もし、何も考えなくともry。

 

だからといって、

 

思春期だから一時の気の迷い、

 

で片づけてしまうのはあまりにも乱暴すぎると思います。

 

悩むことは大いに結構ですが

 

それによって、自己否定をしてしまうのは問題です。

 

それが原因で不幸になるわけでも

 

それが、正常じゃないわけでもないです。

 

そのあと、アイデンティティが確立することによって

 

性自認がはっきりする人もいれば

 

違和感を抱えたままになる人も

 

揺れ続ける人もいます。

 

性自認が違ったり

 

揺れ続けるということは

 

自分自身がどんなにそれを受け入れたところで

 

今の日本では、排除される非難される否定される

 

そんな存在ですから、自尊心が低下する一方です。

 

結果的に精神的に不安定な状態を生み出してしまいます。

 

メンヘラだからGIDになるのか

 

GIDだからメンヘラになるのか

 

なんて言葉をtwitterで見かけましたが

 

これもすべて、自尊心の低さからくるものです。

 

しかし、それ自体(体と心が不一致なこと)は不幸ではありません

 

不幸になる原因の一つになりえないか、というと

 

断言はできませんがw

 

でも、それは自分次第、だと思います。

 

心と体が不一致なのが無条件に不幸なのではありません。

 

結果として、不幸な状態を招いてしまうこともあるかもしれません。

 

そうならないようにただ一つ言えることは

 

性別が何であれ、それがあなたの人生であり

 

それがあなた自身、ということです。

 

ですから、性が何であるかということよりも、

 

いかなる人間として、いかなる人生を歩むのか

 

それは、それこそ自分自身の力で切り開いていくしかありません。

 

これは、男であれ女であれ、何人にも、与えられています。

 

なかなかうまくいかなかったり

 

さまざまな環境下に苦しんでいたり

 

躓いたり、後ろ向きになったり。

 

困難な状況がたくさんあるけれど

 

それは、あなたの性が揺れ動いていたり

 

体の性と違うからではありません。

 

なんだか偉そうになってしまいました。

 

こんな、人を導けるような立場じゃないんですが…。

 

自分という人間に対する重きを性別におかないこと

 

これは、シスジェンダーであれ、トランスであれ

 

同じです。

 

性別によって区別されるのは、

 

フィジカルの持つ機能性においてのみであるべきです。

 

それが、その人自身をつかさどるわけではありません。

 

ということで。

 

性自認は揺れる人もいますから、なんら問題もありません。

 

それによって向き合わなければならない

 

精神的な苦痛を乗り越えるには

 

性にとらわれず、自分自身を見つめ向き合い

 

自分という人間を作り上げていくことに

 

他ならない、とそう私は考えます。

 

どうか、気に病みすぎないでください。

 

たくさん、いますよ、そんな人。

 

だから、大丈夫!!w←

 

 

では。また。

 

最後まで読んでくださり、

 

ありがとうございます∀

 

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