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横断歩道の白と黒の間

セクシュアルマイノリティの人が書くブログ

生きづらさ。本当の自分。

最近、twitterLGBTアカウントを作って、

LGBTの情報を集めたり、みんなはどんなことを考えているんだろう?

と眺めています。

そうすると、セクシュアルマイノリティに対して無知なひとたちの

心ない言葉に傷ついたり、本当の自分がわからない、

セクシュアルマイノリティだから、生きづらい。

という言葉を頻繁に目にします。

私も、彼女ができたことにより、なかなか人にいえないことや

彼氏は?結婚は?などと聞かれることに「んー...」と思うことが

多くなったのは確かです。

私の場合、オープンに生きてきて、彼女ができてクローズになり、

性自認がはっきりしたことにより、それまでの関係から

隔離し始めた、と薄々感じているのも事実です。

閉塞感というか窮屈感というか

差別や偏見に苛まれているような感覚に陥ることもあります。

 

でも。

 

セクシュアルマイノリティだから

 

生きづらいのでしょうか。

 

本当に?

 

だとしたら、シスジェンターで異性愛の皆さんは

 

生きづらくないのでしょうか?

 

そんなわけないよね。

セクシュアルマイノリティだろうがなかろうが

なかなか生きづらい世の中だし

心ないけれど悪意もない言葉に傷つくなんて日常に良くあることだし

本当の自分をさらけ出せるのなんてごく一部なのではないでしょうか?

 

何が言いたいかというと

君が傷つくのも、生きづらいのも、本当の自分で居ることができないのも

それは「セクシュアルマイノリティだから」

ではなく、この社会の一員として生きているから。

誰もが、同じように、同じような思いを抱いていると思います。

生きてるなら、当たり前のこと。

だから、それはセクシュアルマイノリティの問題ではなく

社会の問題で、皆の問題ではないでしょうか。

社会の一員として、私たちができることは

セクシュアルマイノリティの差別や偏見をなくすことではなく

「みんな」が「みんな」を

差別をする事をやめ

心ないけれど悪意もない言葉で傷つけ合うのをやめ

無知による偏見をしないように、知識をつけ、教養を身につける。

そうすることで、セクシュアルマイノリティだけでなく

私たちが気がついていない差別や偏見に苦しんでいる人を

もしかしたら救えるかもしれません。

 

こんな言葉で傷ついたと糾弾しても、何も変わらないのではないでしょうか。

 

暗いと不平をいうよりも

すすんで明かりをつけましょう。

私の好きな言葉です。

手をさしのべ、助け合っていけたらいいな

と思うのでした。

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